ご心配をお掛けしました!
2011.04.05 Tuesday 21:14
3月11日、突然の大地震とその後の津波により。
当地方は壊滅的な打撃を受けました。
ライフラインは寸断され、本日やっと回線が繋がりました。
多くの皆様から励ましやお見舞いのメール、コメントを頂戴しております。
お礼の意味もこめて近況報告を致します。
被災から一ヶ月が過ぎようとしていますが、復興は遅々として進みません。
弊社のある地域は、幸いなことに奇跡的に損害の無い場所でした。
しかし10メートルほど先の町裏には、川をさかのぼった津波が押し寄せ、
多くの住宅が被災し、また多くの人命が奪われました。
もう数メートル津波の勢いが強かったら、おそらく私の家も飲み込まれていたことでしょう。
地震&津波当初、私は市役所にて会議中でした。
すぐに避難したところ、市役所前のビルの1階まで津波により水没しました。
初めて目の当たりにした津波のすさまじさに声も出ません。
いったん水が引いた後も、あたりは残骸の山。
脱出することもままなりません。
暗くなり始めた頃、湾内では火災が発生し、
夜空が真っ赤に染まっています。
私の家族は両親、妻、子ども3人ですが、
両親は病院に、子ども達は学校に、そして妻だけが家にと、皆ばらばらです。
なんとしても家族、そして家のことが心配でした。
津波は引いたものの、私の車は水没し家へ帰る手段がありません。
(自宅までは車で30分かかります)
幸いまだ携帯が通じたので、市内の病院へ通院している両親に連絡を取ったところ、病院で避難しているとの事。
電気も消えた暗闇の中、両親のいる病院まで歩き、車と両親を確保。
沿岸部の道路は津波でやられ、裏道は山道なのでこれも危険。
通常の倍の時間をかけ、安全を重視し、岩手県を経由して家に帰りました。
家では真っ暗闇の中、妻が一人で待っていました。
子ども達はいまだ学校へ避難中との事で、いそいで迎えに行き、
その晩は真っ暗闇の中、蝋燭の明かりを頼りに、
余震におびえながら一晩を過ごしました。
その次の日からはライフラインが完全にストップしたため避難所暮らしです。
食料も乏しく、明かりも無く、水も無く、不安な状態で2日間を過ごしました。
その後は皆様のご支援による物資が届くようになり一息をつけるようになりましたが、
携帯すら繋がらない状態ですので情報が全然入りません。
役場に足しげく通い、情報を仕入れますが、暗い情報ばかりです。
しかしながらいざというときの住民パワーはすばらしいです。
先の見えない避難所生活でも、みなで助け合ってなんとかしていきます。
各地から自衛隊、消防、そしてボランティアの皆様が入り、
復旧も一歩ずつですが進んでいます。
1週間前に電気がとおり、本日電話が繋がりました。
水道はまだ一ヶ月ほどかかりそうですが、生活はなんとか落ち着きを取り戻しつつあります。
多くの人々が被災し、私の友人、知人も亡くなられた方がかなりおります。
企業としての弊社は、工場も従業員も幸い無事でした。
しかしながら、水道が通らないこと、そして多くのお客様が被災なされたことにより、
通常営業は難しい状態です。
ネットショップのお客様にも多大なご迷惑をお掛けしていることをお詫び申し上げます。
もう少しで宅配業者のほうも通常に戻ることかと思います。
近いうちには、ご注文をいただいていたお客様へ商品をお届けすることができると思います。
また新たなご注文も承ることができるかと思います。
いま少し、お時間を頂戴することをお許しください。
応援をいただきまして本当にありがとうございます。
どうか今後ともよろしくお願い申し上げます。
当地方は壊滅的な打撃を受けました。
ライフラインは寸断され、本日やっと回線が繋がりました。
多くの皆様から励ましやお見舞いのメール、コメントを頂戴しております。
お礼の意味もこめて近況報告を致します。
被災から一ヶ月が過ぎようとしていますが、復興は遅々として進みません。
弊社のある地域は、幸いなことに奇跡的に損害の無い場所でした。
しかし10メートルほど先の町裏には、川をさかのぼった津波が押し寄せ、
多くの住宅が被災し、また多くの人命が奪われました。
もう数メートル津波の勢いが強かったら、おそらく私の家も飲み込まれていたことでしょう。
地震&津波当初、私は市役所にて会議中でした。
すぐに避難したところ、市役所前のビルの1階まで津波により水没しました。
初めて目の当たりにした津波のすさまじさに声も出ません。
いったん水が引いた後も、あたりは残骸の山。
脱出することもままなりません。
暗くなり始めた頃、湾内では火災が発生し、
夜空が真っ赤に染まっています。
私の家族は両親、妻、子ども3人ですが、
両親は病院に、子ども達は学校に、そして妻だけが家にと、皆ばらばらです。
なんとしても家族、そして家のことが心配でした。
津波は引いたものの、私の車は水没し家へ帰る手段がありません。
(自宅までは車で30分かかります)
幸いまだ携帯が通じたので、市内の病院へ通院している両親に連絡を取ったところ、病院で避難しているとの事。
電気も消えた暗闇の中、両親のいる病院まで歩き、車と両親を確保。
沿岸部の道路は津波でやられ、裏道は山道なのでこれも危険。
通常の倍の時間をかけ、安全を重視し、岩手県を経由して家に帰りました。
家では真っ暗闇の中、妻が一人で待っていました。
子ども達はいまだ学校へ避難中との事で、いそいで迎えに行き、
その晩は真っ暗闇の中、蝋燭の明かりを頼りに、
余震におびえながら一晩を過ごしました。
その次の日からはライフラインが完全にストップしたため避難所暮らしです。
食料も乏しく、明かりも無く、水も無く、不安な状態で2日間を過ごしました。
その後は皆様のご支援による物資が届くようになり一息をつけるようになりましたが、
携帯すら繋がらない状態ですので情報が全然入りません。
役場に足しげく通い、情報を仕入れますが、暗い情報ばかりです。
しかしながらいざというときの住民パワーはすばらしいです。
先の見えない避難所生活でも、みなで助け合ってなんとかしていきます。
各地から自衛隊、消防、そしてボランティアの皆様が入り、
復旧も一歩ずつですが進んでいます。
1週間前に電気がとおり、本日電話が繋がりました。
水道はまだ一ヶ月ほどかかりそうですが、生活はなんとか落ち着きを取り戻しつつあります。
多くの人々が被災し、私の友人、知人も亡くなられた方がかなりおります。
企業としての弊社は、工場も従業員も幸い無事でした。
しかしながら、水道が通らないこと、そして多くのお客様が被災なされたことにより、
通常営業は難しい状態です。
ネットショップのお客様にも多大なご迷惑をお掛けしていることをお詫び申し上げます。
もう少しで宅配業者のほうも通常に戻ることかと思います。
近いうちには、ご注文をいただいていたお客様へ商品をお届けすることができると思います。
また新たなご注文も承ることができるかと思います。
いま少し、お時間を頂戴することをお許しください。
応援をいただきまして本当にありがとうございます。
どうか今後ともよろしくお願い申し上げます。

